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 ↑東映プリキュアシリーズ(っていうの?)はその昔写研の字をたくさん使っており、現代のデジタルフォントに入れかわったあとも書体フリークさんの熱いまなざしが一定量以上注がれています。 くだんの本を配布してる方は植字の字にも明るく、日本語書体における産みの苦しみや重みもよくよくよく理解されている人なので「どさくさにまぎれて書体そのものを配る」つもりがあるとは全く思えません。 本人からの自己レスもあるようですが、念のため。

とりあえず。

 フォント指定らしきものをぜんぶ消しました。 これで「OS標準の字がいやでも選ばれる症候群」や、「Windowsだけどotfヒラギノいれたらそれに引っぱられる(?)症候群」は抑制できます。 游もmeiryoも抜いてありますので、ここがまた一歩むだなテキストサイトへ近づきました!w ふんふんふ~んww

こんしゅーま。

しごと先の端末には、(atokのおまけ名目で)一太郎が入ってる個体がちょこちょこある。 せっかくなので試してみました:

 ・読点は二分ドリ二分アキとする。 ただし小数点や概算表示に使用される場合は、ベタとする → ×
 ・かぎかっこ類が連続で重なる場合、通常確保される二分アキは抜いてベタとする → ○
 ・句点と終端かぎかっこ?が連続している場合、やはりベタとする → ○

▲教科書通りなのかは別にして、「なんとな~くそれっぽく仕上げる処理が入る」のはわかる。 かな混植ができるやつ(v2012以降?)買ってみようかなぁ。。

てゆーか。

 あゆぽっぽ本人は、ここの日記で「見せたいレイアウト」「見せたい書体」を全力で再現することをちっとも優先しません。 なんでかっていうと、「筆者の指定したフォントを好んでいない」かつ「『作り手フォントを無視』できないブラウザを使ってる人」に全自動暗黙強要?してしまうのは好きじゃないからです。

 Web上のドキュメント?を一つの世界観をたずさえた絵・画・像として観る立場の方がいらっしゃるなら、一方で「書かれている中身をさくっと快適に把握したい」方もいらっしゃるでしょう。 後者タイプの人が不幸にもここへまぎれこんでしまった時、そのご本人が好きじゃない書体がずらぁ案件は避けたいとさえ思います。

 しかし手持ちのWindows8.1で、ここの本文に游ゴシックらしきものが出ますw それも「なおしたい」(→フォント指定らしきものをぜんぶ除去したい)派ですoTL

真摯じゃない巨人。

 きわどいこと言います。 でもちょっとばっしばしいきます。

 欧文書体でどう活用されてるかはしんないけど、Winな環境でもclearType『対応フォント』だとかいうものが増えてきた。 MSの説明を聞くかぎり、ふつうなら「一文字あたりのピクセル数が足りないモニタ表示で、少しでも出力時イメージに近づける」ために補正があるんだろうと考えてしまう。 というかappleレンダリングadobeレンダリングもそんな思想から降りてきた。 Retina級の表示装置がない環境だと、かなり重宝した..はずだった。

 でも。。

 そうはいかないのが老いる巨人Micro$oft。 まずVistaといっしょに降ってきたmeiryoとやら、これはモニタで確認するとやたら線がくっきり出る。 スクショをまんま拡大すれば黒字にも赤や青の'にじみ成分'が見てとれるので、サブピクセルレンダリングらしきもの自体は働いてる。 まぁそこまではいいと思う。

 ところが一度紙に出すと話が違ってくる。 モニタですかっとシャープなのは評価に値するかもだけど、そもそもプリンタへ出したときの字面イメージとあんま一致してくれない。 さらにこのmeiryo、ヒントを抜くとその辺の「clearType未対策フォント」と同じような見た目でしか表示されない。 つまり「カリッと線」はclearTypeのがんばりではなく、'clearTypeのクセ・仕様にあわせてヒントをむりやり調整した結果'のように思える。 穿ってしまうならM$は「whatYouSeeIsWhatYouGet」から遠ざかることさえ省みず、シャープな線だけを優先したというストーリーが浮かび上がる..oTL

 確かめてはないけど游なんちゃらもそうなのだろう、だとすれば(OSレンダリングに丸投げする限り)どれだけ環境だのcssだのを揃えようと「シャープだけど変」「シャープだけど汚い」で終わっちゃう。 Webデザイナー的プログラミング視点[適当に命名w]だけから真剣に考えこんでも、最終的にはWindowsの限界へ行きついてしまう。 WYSInotWYG。

 ..もちろんかつてのSafariだとか、独自でレンダリングエンジン持ってそうなブラウザが用意されればこの限りではありません。。

むかしといま。

 はてなダイアリー時代には見なかった気がする「読者」ってやつ。 もしかしてエントリ追加じゃなく、ちょこちょこ手直ししただけでアラート飛んだりするのかなぁ。。

使用権とか許諾契約とか。

 古くからの書体ブランドさんは、「なにかしらのデザインに組みこまれ、しかるべき道のりで出力されたあと'世に出る'」ものと認識してる..ように見える。 だけど新進になるほどそこから違う。「世に出す」ための道のりに携わってる人々を追いうちするかのように、『プロの方々には別の料金形態をご用意してま~す!』と言いきるのが常になった(300万のNiSとか300万のNiSとかありましたね..いや~その節はInformationをScienceしてマル徳マル得でしたね悪よのぅ~はっはっは~[棒読]w)

 文字盤にどれくらいの機械的寿命があったのかはよく知らない(どうやら事実上「ない」くさい..)。 文字盤が買いきりだったのかサブスクリプション的なレンタル契約扱いだったのかも知らない。 だけどデジタルフォントは「目的とする環境でレンダラに見捨てられないかぎり寿命がこない」にほぼ等しく(OS側レンダラが見限ってもadobeエンジンなら拾える古いフォーマットさえある)、価格競争の中売りきりで対応してたら書体部門が立ち行かなくなってしまう。

 だから書体の持つ役割や意味に特段こだわりを持ってない情報メーカーは、「世に出す」人への課金モデルとしてみたのだろう。 一方「セット組み込み以外は別契約を求めない」陣営の代表といえばmorisawa.co.jpだと思うけど、ここの許諾に関する補足事項を見ると序文?から「フォント料金とは別に使用許諾料金を設定しているフォントベンダーが多くありますが」とある。 モリサワがわざわざそう書くなら、やっぱしほんとに『数多くある』んだと信じるしかないoTL ..

 M社の一貫した態度にはとても好感が持てる。 ただし好感は持てても、いつどこでどこが転覆するかわかんないのが日本語書体部門(気がついたらRIなくなってた)。 先をみすえて「ある程度継続した収入」が見込めるモデルへ脱皮しないと、新作ならずとも新文字セットや新フォーマットへの移行需要が出てきたときに動けなくなってしまう。

 けっきょく。

 プロ課金モデルに積極的なベンダもそうでなかったベンダも、継続収入を現実的に確保する手段として年契約を選ぶようになり..じんわり確実に広まることとなった。 年契を歓迎する'風'は、LETS賛同企業が(TBが抜けてしまった今日であっても)複数あること・セット売りパッケの開拓者Dy社さえ年契へシフトしてること・イワタの使用許諾範囲(売りきりのほうがきびしめ)あたりを見てればすぐに?わかる。 そして継続収入を来年も継続してもらうために、とにかく数あわせでもいいから?毎年きれめなく新作を投入する。 各社の年契で使える書体のラインナップはかなり充実してるけど、逆に「この字が気に入ってピンポイントで買います!買いました!」的なオーナーは売り切り用許諾条件を見て悶絶する時代がやってまいりました..w

 どれが正解なのか、どれが問題外なのか..かんたんには言えない。

 年契を導入しないで(売りきりのみで)、許諾条件がモリサワ同等という個人事務所にご加護を。。